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3: ゆきちゃんの身代わり出勤(童話)
    (初回掲載・2002年8月13日、再掲載・2005年1月31日)

by あいちゃん

ゆきちゃんは甘えん坊の三毛猫です。
朝お母さんが、会社にゆこうと身支度をすると、もう一人でお留守番だというのが、わかるのでミャーミャー泣き出します。

すると、お母さんは困ったなぁという声で、
「お母さんがお仕事にいかないと、ゆきちゃんの、カリカリは誰が買うの?」 (ゆきちゃんは、かじるとカリカリいうドライフードが大好きなのです。) 

お兄ちゃんの大介ちゃんは、缶詰のフードの方が好きらしいので、お母さんが出かける時もおとなしくしてるみたいです。)
「 カリカリがないとゆきちゃんお腹が空いて死んじゃうのよ。」
と、お母さんは真剣な声で言うのですが、死ぬほどお腹がすいたことのないゆきちゃんはどういうことかよくわからないので、それでも、お母さんがお家にいたほうがいいと思っています。

いよいよお母さんが玄関でお靴をはくときには、ゆきちゃんは肩に飛び乗ったり、靴の上に座り込んだりして、お母さんが、出かけるのを阻止しようとします。

するとお母さんは困ったなぁという顔でゆきちゃんを抱き上げ、頬ずりして、
「いい子だからおとなしく待っているのよ。おいしいカリカリ買ってきてあげるからね」
といって、床にそっと下ろしてからバイバイといって出かけていってしまいます。

ゆきちゃんは、その後、ひとしきりニャーニャー泣いてみるのですが、本当はすぐに押入れの中に入ってグーグー眠り込んでしまうのです。
どうしてわかったかというと、あるときお母さんが忘れ物をとりに戻ったら、眠そうな顔で押入れからちょっと恥ずかしそうに出てきたからです。
な―んだ、お母さんが帰るまで眠りこけてるんだ、とお母さんもちょっと安心したみたいです。
もちろん、時々大介兄ちゃんと、とっくみあいのケンカの真似事なんかもしますけどね。

ところが、あるとっても寒い日に、お母さんは出かける時間がきても、ベッドからおきてこないのです。
顔が真っ赤で苦しそうに息をしています。
時々ゴホン、ゴホンと咳こんでいて、どうやらヒドイ風邪をひいたようなのです。
これは大変。ゆきちゃんのカリカリが食べられなくなる。どうしよう。

ゆきちゃんは、困って大ちゃんに相談したのですが、大介兄ちゃんはのんびりした顔で、何をそんなに困るのさという目をして、昨日の残りの缶詰をぺチャペチャ音を立てて食べているのです。

こうなったら、ゆきちゃんが、お母さんの代わりをしなくては、そう決心したゆきちゃんは、ちょうど郵便配達のおじさんが、書留郵便を届けてきて、お母さんが、ゴホゴホいいながらハンコをとりに言っている間に、ドアの隙間から外に出ました。

もともとゆきちゃんは、お家のそばのお母さんの会社の近くで生まれて、会社のキッチンの窓の隙間から出入りしていて、お母さんに見つかって、お母さんの子供にしてもらったので、道のにおいも良く覚えているし、毎日窓の隙間から、お母さんのお仕事を見ていたので、会社で、お母さんがしていることをよく覚えています。

時々ゆきちゃんがいたずらをして、しかられているように、電話の受話器に向かって、おしゃべりをしたり、紙がジョロジョロでてきてツイじゃれつきたくなるファックスという機械のボタンを押したりしているのが、お仕事らしいのです。
時々、男の人が出たり入ったりするけれど、ほとんどの時間はお母さんが、一人で会社のお留守番をしているみたいです。

お母さんの子供になってから、もう3年もたつのですが、懐かしい生まれた場所につくと、なんだかかぎなれた匂いがしました。
ずっとお隣の庭にすんでいる、白黒ブチの猫が、でてきて、なつかしそうに挨拶にきました。

“よう、ゆきちゃん。しばらくみないうちにずいぶん大きくなったじゃねぇか。丸々太っちゃってよ。”
“アリガト。チョロ吉さんも、お元気そうで。相変わらずお魚屋の干物失敬しては、怒られてんの?”
“うんにゃ、ここのオッカサン、ゆきちゃん家と違っていつも残り物のぶっかけ飯しか出さんから、身体がもたんのよ。”

“そうだよね、ゆきちゃんのとこは、おいしいカリカリ・・・”
と言いかけて、ゆきちゃんはここへきた用事を思い出しました。

“ごめんね、チョロ吉さん、今日は大事な用事があるから、またいつかゆっくりね。”
ゆきちゃんは、まだお話したそうなチョロ吉を後に残して、急いで、会社のキッチンの、古くなって開きっぱなしになっている狭い窓の隙間から身体をもぐりこませました。

考えて見ると、生まれたばかりの時は難なくすり抜けられたのに、今ではすっかり太ってしまったので、ぎゅうぎゅうねじ込まないとなかなか入りません。
おかげで背中の毛が何本か抜けてしまったほどです。

中に入ると、電話がリンリン鳴っていたので、慌てて駆け寄り、いつもお家でやっていてしかられている通りに、前足で受話器をはずして、“すみませんが、今日はお母さんが、お風邪で会社来られないの。私が代わりに来たの”と一生懸命お話するのですが相手はぜんぜんわかってないみたいで、ひとしきりギャアギャアわめいてから、電話を切ったようです。

するとピーという音がしてファックスから紙が出てきました。
紙を前足で引っ張るとなんだか変な音がして、ファックスもとまりました。

やれやれと思っていると、また電話です。
さっきの人とは違う男の人でした。
また、受話器に向かって色々お話するのですが、相手は「変だな、みゃーみゃーいって、名古屋弁みたいでさっぱり分からん。」といって、電話を切ってしまいました。

また、苦労して受話器を戻してから、今度はワープロに飛び乗って、お母さんがしている様にタイブを始めました。
こんな具合です。
iwam,.io34xdsuklgpwo/loi098xmqouljoeo93;c0129mloqwxiruahopgagv0eawp94-2-qw

どうやら、立派な文章ができたみたいなので、コピー機の所に駆け寄って、あちこち踏んでいると、いきなりまぶしい光が来てピカーッと身体中を照らしたので、びっくりして腰を抜かしそうになりました。
“ヒエーッッ、びっくりした!”
コピー機からも何枚も紙が出てきたので、またいつもの様に少しじゃれて遊びます。

するとまた、電話。
“ふ―っ。会社ってずいぶん忙しいんだ。これじゃお昼寝の時間もないのね。”
と、ゆきちゃんはハァーハァーいいながら、会社中を駆け巡ります。
電話は出る前に切れてしまったようです。

それからまた、ワープロを打ったり、コピーをとったり、ファクスを流したり、--これはアチコチとボタンを押しているうちに自然に流れてしまったのですが-- 大活躍をはじめました。

電話でミャーミャー(といっても、自分ではちゃんとお話しているつもりです)お仕事の受け答えをしたり、どうも、みんな途中で切ってしまうのが不思議なのですが、沢山お仕事をしたので、くたびれてきました。

おまけにノドもかわいてきたので、キッチンへいってみました。
さすがに蛇口をひねることができなかったのですが、古い建物なので、蛇口がきちんと閉まっていないで、お水がポッタン、ポッタンもれています。

ゆきちゃんはできるだけ顔を伸ばして、身体にお水がかからないように、お口を大きくあけて顔を上に向け、ひとつずつ落ちてくる水滴を受け止めます。
何とかお腹がいっぱいになったころには、首のあたりがちょっと痛くなってしまったほどでした。

その内、あきらめたのか、電話がほとんどかからなくなり、お日様がポカポカあたるようになると、ゆきちゃんは退屈して、窓際の日当たりの良いところへいって眠り込んでしまいました。

夢の中で、ゆきちゃんは大介兄ちゃんに追いかけられたり、チョロ吉おじさんとお話したりして、楽しい時を過ごしました。
ハッと目がさめてみると、外はもう薄暗くなっています。
いつも、お母さんがお家に帰る時間のようです。
そんな時間にお外にでるとお母さんにとてもしかられるので、ゆきちゃんは慌ててまた、キッチンの隙間から何とか身体をもぐらせて、外に出ました。

すると、その窓の下に、いじめっ子の寅五郎が待ち構えているではありませんか!
茶色のトラ猫の寅五郎は、近所でも評判の荒くれ猫で、ゆきちゃんも赤ちゃんの頃に殺されかけたりして、とても怖い思いをしたのです。

寅五郎はゆきちゃんの顔を見るなり、早速恐ろしいうなり声をあげました。
“あぁ、どうしょう。このままだと、とてもお家に戻れないわ。お母さんに叱られてしまう。”

ゆきちゃんが困って、ヒューン、ヒューンとないていると、何とチョロ吉がどこかからくすねてきた干物を口にくわえて、飛んできてきました。

チョロ吉はくわえた口の端から
“この場は俺が何とかすっから、ゆきちゃん、今のうちに逃げな。”
といっています。
でもチョロ吉はみるからに年寄りだし、寅五郎は何回も喧嘩した噛み傷が顔に残っていていかにも獰猛そうで、強そうです。
寅五郎は早速、チョロ吉の干物を狙って飛び掛りました。

しかし、チョロ吉は意外に素早く身をかわして、路地のほうにかけこみ、大声で“ゆきちゃん、早くお帰り”と叫んでいます。
“チョロ吉おじさん、有難う、無理して怪我しちゃ駄目よ”
といいながら、ゆきちゃんはいそいで、お家の前まできました。

でも、お家のドアは閉まっています。
さすがのゆきちゃんもドアの鍵は開けられないし、開けてくれる様にニャーニャー鳴いたら、お外に出かけたことが分かって、お母さんに叱られてしまいます。

どうしようか、とウロウロしていると配達のお兄さんが通りかかりました。
ちょうどお母さんの所に届け物があるみたいです。
“お母さん起きてくるかなぁ”
と心配していると、ドアがカチャと開いたので、陰からみていると、運の良いことにちょうど誰かから電話もかかってきたようで、お母さんが受話器をとって話しているようです。
そのすきに、素早く中に入って押し入れに駆け込んでしまいました。

お母さんが配達のお兄さんに、
「すみません、お待たせして」
といっていると、お兄さんが
「今、三毛猫が入っていったようですよ。」
と余計なことをいっています。
「あぁ、押入れで寝ているみたいなの」
と、お母さんがトンチンカンな返事をするので、ゆきちゃんは押し入れの中で、寝たふりをしながら、思わず笑ってしまいました。

次の日は、お母さんも風邪が治ったようで、また会社にゆく支度をしながら、ふと床をみるといやに土埃で汚れているようです。
まぁ、いったいどうしたのかしらと、ぶつぶついいながら、雑巾がけをしているお母さんに、ゆきちゃんが近づいて、またいっちゃいやだぁと鳴き始めました。

「ほんとにアンタは甘えん坊さんなんだからぁ」
と、ゆきちゃんを抱きしめた、お母さんは、ゆきちゃんの手足が汚れているのに気づきました。
「あらぁ、ゆきちゃん、どうしたの。またお外で遊んでいたんじゃないの?」
よく見ると背中の毛がボサボサになって抜けているところがあります。
「あら、まぁ、喧嘩でもしちゃったの、困った子ねぇ」とお母さんはためいきをついています。

“遊んでいたんじゃなくて、お母さんの替りにお仕事しにいったんだ”
と、ゆきちゃんは何度も説明するのですが、お母さんはまた、
「もういかなくちゃ。いい子でお留守番をするのよ。」
と言って出かけてしまいました。

でも、会社に行ったお母さんがどんなにびっくりしたか、想像がつきますか?
受話器ははずれっぱなしで机の上に転がっています。

思わず、受話器をとるとちょうどかかってきたお客さんから、
「もう、お宅はどうなっているのかね。電話をするとミャーミャー名古屋弁しか聞こえないし、勝手に切ってしまうし」
と怒鳴られてしまいました。

「申し訳ありません。昨日は、風邪で寝込んでしまって。所長もあいにく出張中でしたし。本当に申し訳ありません。」
お母さんは一生懸命平謝りに謝りました。

ふとみるとファックスのあたりに紙がくしゃくしゃに丸まって落ちています。
おまけにコピーのところにもくしゃくしゃになった紙がたまっています。
そのコピーをよくみると、猫の足がはっきりと写っているではありませんか。
別の紙にはどうも、ゆきちゃんにそっくりの猫が、ボケて写っています。

「まさか、ゆきちゃんが・・・」
お母さんはあまりにびっくりして椅子にペタンと座り込んでしまいました。
机の上のワープロの紙には訳の分からない文字の連続が印刷されています。
お母さんはいつも家でワープロを打っていると、腕の上に飛び乗っていたずらしたり、キーボードの上を歩き回る、ゆきちゃんのことを思い出しました。

もしやと思ってキッチンのところに行ってみると、開きっぱなしの窓の隙間に見慣れた三毛の毛がひっかかっています。

風邪で寝込んでしまった、自分の替りを何とか勤めようとしたゆきちゃんのことを思うと、お母さんは、涙がとまりません。
くしゃくしゃになったコピー用紙を顔に当てて、お母さんはしばらく泣いてしまいました。
「ゆきちゃん、有難うね。頑張ってお仕事してくれたのね!」

その後も苦情の電話が何度もかかってきたのですが、お母さんはさも申し訳なさそうに謝りながら、笑いをこらえるのに必死でした。
だって、誰一人として、猫と会話をしていたとは思っても見なかったようだからです。
お母さんはひとしきり、泣いたり、笑ったりしていました。

会社の帰り、お母さんはゆきちゃんのお礼に、ゆきちゃんの大好物のカリカリと新鮮なマグロのおさしみをどっさり買ってかえりました。
そしていつものように玄関までお出迎えをしたゆきちゃんの頭をなで、
「ゆきちゃん。お母さんの替りにお仕事してくれて有難うね。」
といって、カリカリとおさしみをいつものお皿に沢山入れてくれました。

おさしみときたら目のない大介兄ちゃんが飛び上がって喜んでいます。
ゆきちゃんはお兄ちゃんと仲良くおさしみを食べました。
“いつかこっそりまた外に出られることがあったら、チョロ吉おじさんにも分けてあげたいな。”
と心の中で思いながら。
                                   -おわり-



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