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4: ゆきちゃんの海外旅行・ベトナム編
    (初回掲載・2002年8月13日、再掲載・2005年1月31日)

by あいちゃん

あるうららかな春の日、ゆきちゃんはいつものようにベランダの窓の所に置いてある棚のクッションの上で、お日様をいっぱいにあびてウトウトしていました。
大ちゃんはソファの背もたれの上に器用に足をたたんで、やっぱり居眠りしています。きっと大好きなツナ缶の夢を見ているのでしょう。
むにゃむにゃとよだれなど流しているようです。

「あぁ忙しい、あぁ忙しい」
ふと見ると、お母さんが大きなスーツケースにいっぱい洋服やら下着やらを詰め込んでいます。
前にも一度こんな時があって、その時は随分長い間お家に帰ってこなかったので、お隣りの山田のおばさんがごはんを持ってきてくれたり、トイレを綺麗にしてくれたけど、ゆきちゃんも大ちゃんも寂しくて寂しくて夜中に2匹でニャーニャー泣きまわったものです。

また、お母さんはどっかいっちゃうんだ。
ゆきちゃんがお母さんのそばにいってひざの上で甘えようとすると、
「ゴメン、ゆきちゃん。そこどいて。もう出かけなくちゃならないの。時間ぎりぎりなの。」
といってひざから降ろされてしまいました。

それでお母さんがトイレにたったすきにゆきちゃんはスーツケースのお洋服の山の中にもぐりこんでしまいました。
ふかふかのセーターの中に入っていると暖かいし、お母さんの匂いはするし、で、ついゆきちゃんはそこで眠り込んでしまいました。

気がつくと、スーツケースがなんだかガタゴト音がしてゆれています。
どうなっちゃたんだろうと外へでようとしますが、スーツケースの鍵がしまっていて外に出られません。

ゆきちゃんはニャーニャーないて何とか外へ出してもらおうとしましたが、どうやら荷物だけを運んでくれるトラックの下の方に積まれたらしく、誰にも聞こえないみたいです。
しばらくニャーニャーないていたゆきちゃんですが、あきらめてまたふにゃふにゃと眠りこんでしまいました。

やがてスーツケースはベルトコンベアみたいな所をゴロンゴロンと運ばれて行くみたいです。
一寸お腹が空いて来たので、お鼻をくんくんすると、ゆきちゃんの大好きなのりセンベイがあるようです。
夢中でビニール袋を歯で破って、ゆきちゃんはぽりぽりとおセンベイをかじり始めました。

それからしばらくすると今度はまたガタンと音がして何だか妙な匂いのする所へ入れられたようです。
おまけにゴーッという恐ろしい音が聞こえてきました。
スーツケースのむこうで仲間の猫らしい鳴声や犬の匂いがします。
ゆきちゃんは思い切ってスーツケースの中から、話しかけます。

“あのぉ、あたしは東京都の雪子っていうんですけど、ここは一体どこなの?誰か教えてくれませんか?”
すると何だかざわざわした声がして、年寄りの犬らしいおじさんの声がしました。
“そん中に入っているのかい。お前さんは。だめじゃないか。ちゃんとケージに入れてもらわないと”
“あ、あなたはだぁれ?”
“わしか?わしは血統書付きミニチュア・シュナイザーのシーザーっていうもんじゃよ。いつもご主人のお共をして外国へゆくんじゃ。これでもうかれこれ20回以上になるが、この飛行機の荷物室ってやつはいつになっても慣れんわい。恐ろしく寒いかと思うと、急も熱くなったり、ゴーゴー音はうるさいし、気の小さい奴らは粗相などしよるもんで、くさくてかなわん。お前さん、まさかはじめての旅じゃないだろうな?“
“が、外国って?”
“日本じゃない別の国のことさ。お前さん、そんな事も知らんのか?”
“だってわたし、お母さんの洋服の中で寝ていて気がついたら、変な所にいるんだもの。”
“外国はいやなところじゃ。わし達には検疫っちゅうもんがあって、またせまい倉庫に閉じ込められて身体中色々調べられるんじゃ。でもお前さんは、その中にじっとしてたら大丈夫じゃ。お陰で話し相手がいて退屈せんわい。”

シーザーおじさんは、どうやってご主人に貰われたか、なんでも有名なケンネルで100万円もしたらしいの、とか、世界中のドッグ・コンテストに出た話とか色々してくれたので、ゆきちゃんも退屈しないで済みました。
もっともスーツケース越しだし、おじさんも歳で時々ろれつが回らなくなるので、所ところ分からないところもあったけど、気を悪くするといけないので、時々ニャンニャンと相槌をうってあげました。

4,5時間もたった頃でしょうか。ガクーンと大きな音がしました。
“どうやら無事着陸したみたいじゃの。ジャ、お若いの、ここでお別れじゃ。また、いつかどこかで会えるといいのぅ”
シーザーは誰か係員に持ち上げられたらしく、大きくワンと鳴いて、遠ざかっていったようでした。

それからゴロゴロとかガンガンとか大きな音が続いたので、恐ろしくでじっとしているとスーツケースが持ち上げられてどこかへ運ばれてゆくようです。
隙間からようやく外の風が入ってきて、お母さんの声と見知らぬ人の声が聞こえてきますが、今まで聞いた事のない言葉でお話をしているようです。
外からの空気はなんだか生暖かくて、ゆきちゃんは次第に気分が悪くなってきました。

すると大きな声で、
「こちらですよ。XXさーん。ベトナムへようこそ!」
と呼ぶ声が聞こえ、
「あらぁガイドのドクさんですかぁ。はじめまして」
というお母さんの安心したような声が聞こえました。

「まず、荷物を積んでホテルへ行きましょう」
スーツケースはどうやら車のトランクに収まったようです。
ゆきちゃんには良く分からないのですが、どうやらベトナムという国の首都で昔はサイゴンと呼ばれていたホー・チミンという大都会に着いたようです。
車の中は結構冷房がきいているので、ゆきちゃんの気分も少しよくなってきましたが、のどがからからです。

30分程ガソリンのくさい匂いや、周りのブーブーいう音に我慢していると、どうやらホテルという所へついたみたいです。
「まず、シャワーなど浴びてゆっくりしていてください。後でまた迎えに来ます。」
とドクさんは帰っていったようです。

スーツケースは小さなお部屋に入れられてぐんぐん上に上ってゆくようでした。
ガチャガチャと鍵の開く音がして、お母さんが中から“どうぞ”と答える声がしました。
それからスーツケースの鍵がようやく開けれました。ゆきちゃんはもうとても我慢ができず、パッと外へ飛び出しました。
「キャーッ!」
お母さんが大きな悲鳴をあげて、その場に座り込んでいます。
ゆきちゃんはなんとかお水をみつけようと夢中でお部屋中を走り回りました。

「どうしてこんな所にいるの、あんたは!」
お母さんはまだハァハァいっています。
ゆきちゃんは“お水、お水”とお母さんの周りをぐるぐるはじめました。

「閉じ込められて大変だったね」
ようやく普通に戻ったお母さんは、お部屋に置いてあるミネラル・ウォーターのお水をお茶碗に入れて床においてくれました。
「あのね、外国のお水は色んなばい菌があったりするから、お風呂場のお水絶対飲んじゃだめよ」
背中をなでながらお母さんがいっていますが、ゆきちゃんはそれどころではありません。
ぴちゃぴちゃぴちゃぴちゃ。
夢中で美味しいお水を飲みました。

「まったくどうしたらいいんでしょうねぇ。ゆきちゃんは。ホテルの人にみつかったらどうするの?」
お母さんはのりセンベイのかけらがあちこちに散らばっている洋服を払いながら、ブツブツいっています。
「それに何かあんたにあげる物を買わなくちゃ。一寸待っててね。でも誰か来たらクローゼットの中に隠れてるのよ」
といってお母さんは外に出ていってしましました。

ゆきちゃんが窓の外にいって眺めていたらどうやらお母さんはホテルの前の道路の向かい側の小さなスーパーのような所に猫缶を買いにゆくようです。

でも、一寸窓の外をのぞいた雪ちゃんは本当にもうびっくりしてしまいました。
外の道路はもう何千、何万台という位、オートバイが轟音をたてて行き交っています。
空気が悪いのか乗ってる人は盗賊のように手ぬぐいで口元にマスクをしています。

道を横切るにも信号がないし、人がいるからといってスピードをゆるめたりまったくしないので、もう道を渡るのも命がけです。
うまくタイミングをはからないと半分いったところで反対車線から突進してくるバイクにひかれそうになります。
お母さんはなんとか隣を歩いている人にくっついて走ってわたっています。

向かいのお店には、店先には見た事もないようなドギツイ色の果物がならび、棚の上には氷の柱がたっていて、その隣にはまた毒々しい色がついたビンが並んでいます。
そこに子供がむらがっているのをみるとどうやら氷水を作ってもらっているみたいです。
見ただけでお腹がいたくなるようなものすごい赤や緑や紫の色が、ミシンのような器械の下からシャバシャバ出てくるかき氷の上にバシャっとかけられています。

その前の道路では昼ひなかだというのに何人もの大人たちがしゃがんでボーっとしています。
はだしの人もいて皆色が黒くちょっと怖い顔をしています。
お母さんは並んだ缶詰を指さして何やらお店の人と手まねで話しをしています。
何人かのひとが珍しそうにお母さんの方をジロジロ眺めています。

やがて買い物を終ったらしいお母さんがホテルの方へ戻って来るのが見えます。
目の前をまたゴーゴーとバイクが通りすぎています。
お母さんはお財布が入った袋をしっかり胸に握り締めて、必死の形相で道を渡っています。
“あっ、あぶない”
道を半分渡った所でお母さんは立ち往生しています。

そこへホテルの守衛のおじさんが親切に助けにやってきてくれ、バイクに手で合図してはお母さんの手をとって玄関まで連れてきてくれました。
「あぁ怖かった。」

部屋に帰ってくるなりお母さんは汗びっしょりになった顔をぬぐいました。
それからお風呂場にゆくと、お茶を飲むお茶碗に缶詰めをあけてくれます。
缶詰は何だか嗅ぎなれない匂いで一寸変だったけど、お腹が空いていたのであっという間にお茶碗がピカピカになる位なめ終わっていました。
でもお母さんは缶詰のラベルをみて顔をしかめています。
「ちょっと、こっちの猫って缶詰なんか食べるのかなぁ。この缶詰猫の顔ついてるけど、もしかしたら猫の肉の缶詰?」
それはいくらなんでも言い過ぎじゃないの。ちゃんとお魚の匂いしてたよ。とゆきちゃんはお母さんをたしなめました。

お腹が一杯になり、冷房もほどよくきいているのでゆきちゃんは少し眠くなり、早速お母さんのベッドにとびのって眠りはじめました。
お母さんはお風呂場でシャワーを浴びているようです。

目がさめるともう外は真っ暗で、お母さんはいなくなっていました。
思わず窓の方にいって外をみると相変わらずゴーゴーとバイクが走っていますが、外はすっかり夜の景色になっていました。
向かいの大きなビルには綺麗な明かりが沢山ついています。

でもいつも東京のゆきちゃんの部屋から見る夜の景色とはちょっと違っています。
まず、色んな色のネオンがありません。
それに建物も5、60階もあるような立派なビルが建っているかと思うとその隣には何だか屋台のようなごちゃごちゃした建物が延々と並んでいて、見た事もない木が並んでいます。

前にお母さんがハワイにいった時に撮ってきたビデオでみた椰子の木っていうのに、よく似ています。
高い建物がポツン、ポツンとしか建っていないので、遠くの方まで良く見えます。
ものすごい音を立てて走っているバイクの道も、ゆきちゃんの家の前の道の倍くらい広いのです。
窓の左の方には大きな港があり、船の明かりがみえます。

大人の人に聞いたら、そこはトンキン湾といって昔大きな戦争があって爆弾が落ちたり、沢山の人が死んだりした港だと教えてくれるでしょう。
今は夕暮れの大きな夕日に照らされて見たこともない位美しい夜景になっていました。
それにしてもお母さんはどこへいったのでしょう。
                              (つづく)



5: ゆきちゃん・ベトナム編2
   (初回掲載・2002年8月13日、再掲載・2005年1月31日)

by あいちゃん

そういえばお部屋にエレベーターで運ばれる前、ドクさんが、
「今夜は船でディナー・クルーズですから夜の7時頃にお迎えに来ます」
といっていたのを思いだしました。
ホテルの左の方が海だからきっとあのあたりを探せばお母さんがいるに違いありません。

でもここからどうやってでたらいいのか。
ゆきちゃんがウロウロ出口を探していると、丁度鍵があいてメイドさんが入って来るようです。
ゆきちゃんはお母さんのいった事を思い出して、慌ててクローゼットに駆け込みました。

メイドさんは、ミネラル・ウォーターの新しいボトルを置いたり、冷蔵庫の中身を調べたりしています。
それからおもむろにテレビをつけると、のんびり椅子に腰掛けてドラマを見はじめています。
その内何か可笑しかったのか手を叩いて笑い転げています。
ゆきちゃんはクローゼットの隙間から恐る恐る顔を出し、メイドさんがテレビに夢中になっている間に外に抜け出しました。

東京と違って夜だというのになま暖かく、じっとりとしめった風が吹いています。
ゆきちゃんは階段をとことこ下に降り、ロビーの木やソファの陰伝いに入り口に向かいます。
さっきお母さんを助けてくれた親切な守衛さんが玄関の所でお客の相手をしています。
ゆきちゃんは猛スピードで外へ駆け出しました。

「おやっ。今誰か出ていかなかったかい?」
と守衛さんは、観光客らしいお客さんにたずねていますが、
「いや、何もみなかったね。気のせいだよ。」
と笑われているのでゆきちゃんは椰子の木の陰にひそみながら、胸をなでおろしました。

ホテルの左の道をまっすぐゆくと港です。
でも途中の道には沢山の人だかりです。
道端の所々に椅子がならんでいて、不思議な事に日本のスルメみたいなのを沢山つりさげた屋台のようなものがありました。

ゆきちゃんは思わず美味しそうなスルメによだれがこぼれそうになりましたが、お母さんを探さなくては、となんとかスルメの誘惑を振り切って走りだします。

幸い東京と違って街灯というものがほとんどないので、道はまっくらです。
何だかごみの匂いや甘い果物の匂い、腐った魚の匂いなどがわっと襲ってきて、鼻がおかしくなりそうです。

人ごみの足元につき転ばれそうになりながら、何とか隙間をかいくぐって通り抜けると、正面に大きな魚のネオンのついた船がいて、沢山の人たちが乗り込むところです。
皆われ先にと急いでいるので、ゆきちゃんの事など気にもとめていないようです。
時々子供がゆきちゃんを見つけて何やら母親に言っているのですが、相手にもしてもらえません。

船の甲板の上には沢山のテーブルが並び、沢山の人がお酒をのんだり、騒いだりしています。
よくみるとお魚のネオンの船のほかにも、何艘もの大きな船が止まっていて、それぞれ沢山のお客さんを乗せているようですが、驚いたことに桟橋の周りにも大勢の人がいて、皆暇そうに船を見物しているようです。
港の周りはまるで東京の休日の盛り場のように沢山の人が何をするでもなくブラブラしています。

お店があるわけでもないのに、こんなに沢山の人をみるのはゆきちゃんもはじめてです。
きっと他にあんまり楽しい事がないのでしょうか。
それともお家にいると暑いから夕涼みでもしているのでしょうか。

ボーっという合図と共に、船がスーっと動きはじめました。
と同じにゆきちゃんは甲板の端のテーブルに、他のお客さんと座っているお母さんを見つけました。
早速ゆきちゃんはとっとっと近づいて長いスカートの下に隠れます。

お母さんは足に何かさわったので、ガイドさんが説明している間に手をのばしてスカートの足元をめくってのぞきこむと、そこにニンマリと笑っているゆきちゃんの目とあってまたもっていたビールをこぼしそうになる位びっくりしたようです。

お母さんは慌ててスカートを元にもどし足の間にゆきちゃんを挟みました。
ゆきちゃんはお母さんにあえたので嬉しくなって、お母さんの足をぺろぺろなめはじめ、お母さんが身体をよじって笑っています。
「あら、XXさん。もう酔っぱたんですか?」
ととなりのおばさんが呆れています。

船が出ると同じに皆の席にお料理が運ばれて来ました。
今日のメニューはベトナム名物の春巻きや、魚の丸あげ、野菜の五目いため、海鮮なべです。
なべは特に新鮮なお魚の切り身やえびや貝類、細い春雨が入って薄味のスープが美味しくて、みんな“美味しい、美味しい”と次から次へとたいらげています。

時々、お母さんは酔っ払ったふりをして、魚の切れっぱしを床にぽとっと落としてくれるので、ゆきちゃんもベトナム料理のおすそ分けにあずかりました。
あまり見なれないお魚もあったけど、味はあっさりとても美味しいのです。
ベトナムの猫ちゃんたちはいつもこんな美味しいお魚をたべているのかなぁとちょっと羨ましくなりました。
といっても港に続く路地裏にはまったく野良猫というものを見かけませんでしたが。

またお腹が一杯になって椅子の足とお母さんのスカートの間で眠りこんでいると、上から手がのびてきて、あっというまにゆきちゃんはお母さんの大きな布製のバッグの中に入れられていました。
「ちょっとお手洗いへ」
そういってお母さんはトイレにかけこみ、
「もぉ、困った子ちゃんね、あんたは。見つかったらどうするのよ。」
とゆきちゃんにお説教をはじめました。
「いい、帰り道はじっとしてるのよ」
こんどは手を洗う洗面台にペットボトルの水を空けてのませてくれてから、ゆきちゃんをバッグに戻すと“分かったわね”というようにゆきちゃんを外からポンポン叩きました。

しばらくして、船から下りて、また元の道をガイドさんと他のお客さんと一緒にホテルへ戻ります。
また沢山の人にもみくちゃにされています。
「ここはスリやひったくりが多いから皆注意してくださいよ」
ガイドのドクさんが声を張り上げて何度も注意しています。

またスルメの匂いのする通りを通ってホテルにつきました。
「明日は市内観光ですから、朝9時に迎えにきます」
とドクさんがいっています。
ドクさんはちょっとなまりはあるけどはっきりした日本語を使います。

「ドクさん、日本語上手ですねぇ」
と他のお客さんも感心しています。
「えぇ、今は日本語を習うのがブームなんですよ。大勢のひとが習ってますよ。観光の仕事も多いからお金になります。普通のベトナムの人の月収は月に2千円位だけど、ガイドをやるとチップもあるし、割りといい生活が出来るんです」
そのせいかドクさんは携帯電話でお話もしているし、ちょっと古いけど、日本の車に乗っています。

「こっちでは車の事をホンダっていうんですよ。中々買えないけど。バイクだって年収位ためてようやく買える位です」
笑いながらそういってドクさんは帰ってゆきました。

お部屋に戻ると、ゆきちゃんはお母さんに怒られるのがいやなので、すぐに袋から飛び出すとクローゼットにもぐりこみます。
「まぁ、ゆきちゃんたら。どうしようもないわね。こら」
お母さんは困ったようにいうと、またシャワーを浴びにお風呂場に入ってゆきました。

ゆきちゃんもトイレに行くのを思い出して、お風呂場に行き、ニャーゴ、ニャーゴとお母さんを呼びます。
「なぁに、今度は。そうか。おトイレだ。」
こちらにはゆきちゃんがいつもトイレにしている固まる砂のおトイレがありません。

「しょうがないねぇ」
お母さんはしかたなく手近にある新聞紙を広げて、
「さぁ、ここでしなさい」と背中をなでてくれ、なんとかし終ると、綺麗に始末してくれました。
「まったく、手がかかるんだから。さっきはもう心臓が止まりそうだったじゃないの」 

そのお母さんのしぐさをみると、ゆきちゃんも笑い出したくなりました。
お母さんも一緒に笑っています。

TVをつけるとNHKの日本語放送やらCNNやら、ベトナム語の番組やら色々な番組をやっています。
「あら、あら、共産主義の国と聞いていたのに、これじゃアメリカなんかと変わらないわね。」
お母さんはベトナムの人が結構明るくて親切だし、食べ物も美味しいし、結構ここが気に入ってしまったみたいです。

そこへ電話がかかってきました。
どうやら国際電話のようです。
「あぁ山田のおばさん。いつもすみません」
お母さんが電話に向かってぺこぺこ頭を下げているのでゆきちゃんは可笑しくてなりません。

「いや、それがねどういう訳かスーツケースにもぐりこんでいて。おまけに誰にも見つからないなんて。空港のチェックもいい加減よねぇ。ぬいぐるみとでも間違えたんじゃないの」
などと笑っています。

「じゃあと2日で戻りますから大ちゃんよろしくね」
といってお母さんは電話を切り、ゆきちゃんに向かって恐い顔をしました。
「山田のおばさん、ゆきちゃんがいなくなったってオロオロ泣いていましたよ。自分の責任だって。まったく困るじゃないの。大ちゃんも寂しそうにしているんだってよ」

そういわれるとなんだかゆきちゃんも悲しくなって、ニャぉーンとないてお母さんの膝の上に飛び乗って顔をこすりつけました。
お母さんはゆきちゃんには大甘なので、
「いいの、いいの、山田のおばさんにはお詫びにお土産買って帰りましょう」
といってゆきちゃんの頭をなでたので、またおもいきり甘えてしまいました。

「さぁ明日も観光があるから早く寝ましょう」
といっても外のバイクの音はゴー、ゴーと鳴り響いています。
眠れるかなぁと心配していたお母さんはそれでも旅の疲れからか、すぐにぐっすり寝込んでしまいました。
ゆきちゃんはまたホテルの部屋の窓わくに座って、ひっきりなしに行き交うバイクの動きや、深夜まで人通りの絶えない向かいの雑貨屋の様子をずっと眺めていました。

                              (第一部終り)




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