18: ヒンシュク・7 (初回掲載・2003年冬、再掲載・2005年1月31日)

おもな登場人物:

      品野 俶臣(58)シナノ化成・社長、あだ名は「ヒンシュク」
    
      品野 登美子(53)ヒンシュクの妻

      品野 義男(29)俶臣・登美子の息子、シナノ化成従業員

      武藤 耀子(22)登美子の姪、大学生

      小池 徳次(80)品野家の近所のじいさん

      西村 洋一(29)義男の友人、塗装職人

      西村 慎次(26)洋一の弟、耀子の先輩

      竹本 浩三(47)保険代理店経営

      竹本 直美(45)浩三の妻、学習塾講師

      竹本 浩樹(17)浩三・直美の息子、高校生

      戸川 智 (18)浩樹のクラスメート

      花井 照正(33)農業を営む空手家

      品野 数由(56)ヒンシュクの従弟、ナンバー機材社長

      品野 雅恵(54)数由の妻

      ダース・ユーミン 竹本直美のネット友達


第7章:帰還


                 1

その日、竹本家の夕食のテーブルでは、浩三と直美が、ちょっとぎこちないながら、語り合っていた。
俊樹は兄のことをたずねるでもなく、さっさと手巻き寿司を何本かとサラダを食べて、自室にこもってしまった。
きょうは塾がないから、ゲームをやりたいらしい。

直美は浩三に、浩樹が A 町の農家で世話になっていることを話した。
いつもなら話の途中で怒鳴り出す夫が、静かに聞いてくれる。
直美はなんだか落ち着かない気分になったが、とにかくありがたかった。

「・・・私ね、教育ってものがわからなくなってきた」
ひとしきり話が済んで、直美がしんみりと言った。
すると浩三がそれを受けて、
「教育には、大きく分けてふたつの目的がある」
と、いきなり演説口調になった。

まことに、オヤジ族というのは、演説だの説教だの評論だのが好きだ・・・と直美は思ったが、黙って聞くことにした。
浩三と家でこんなふうにしゃべるなど、近年では珍しいことだった。

「ひとつは、知識や文化や思想の伝承で、この面から見れば、教育というのは元来、体制を維持するための保守的なものと言える」
うんうん、と、直美は一応うなずいた。
「もうひとつは、子供がひとりで生きていけるようにすること、そして親を超えていくことだな」
そして浩三は付け加えた、
「だけど、このふたつは、いわば矛盾を内包しておるわけだ」

なにも無理にふたつに分けなくてもいいんじゃないのか、と直美は思ったが、それは別にして、夫の話に興味が湧いた。
同時に、『子供がひとりで生きていけるようにすること』というのにショックを受けていた。

浩樹の教育に失敗した、と思い込んでいたが、浩三の言う『ふたつ目』の目的ならば、浩樹は実践していることになる。
むしろ、『優等生』の俊樹は、勉強は優秀だけど私がいなきゃ何もできない、という親の満足感を満たすだけということになる。

「それじゃ、うちは浩樹のことを、あんまりバカにしちゃいけないんじゃないの」
直美の指摘に、浩三は虚を衝(つ)かれた顔になった。
「そう言われりゃ、そうかな・・・」
理屈でわかっていても、家族というものは、どうしても感情が先に立ってしまうんだな、と、ふたりは改めて思った。

浩三は、仕事の昼休みに受けたショックで、普段見向きもしない「家族」に、無意識に救いを求めていた。
直美は直美で、火曜日からの一連の出来事で、自分の今までの価値観が崩れ去るのを体験していた。


                 2

翌朝、浩樹は花井の家の電話を借りて、直美に連絡を取った。
相談した結果、午後3時頃に直美が花井家を訪れることになった。
これ以上心配させないように、ゆうべの「大捕物(おおとりもの)」は言わずにおいた。

でもそのうち、できれば聞かせたい話ではあった。
そう考えて、浩樹はちょっと不思議に感じた。
自分が見聞きしたできごとを、親に伝えたいなんて、ここ数年は感じたこともなかったなあ・・・。

きのうと同じように作業を手伝いながら、空手の話をいろいろ聞いた。
花井の高校時代、空手部にひどい先輩がいた。
残忍な性格で、特訓という名目で、後輩を痛めつけて喜ぶ。
「シゴキ」の域を完全に脱して、あきらかに「いじめ」だった。
何人もの後輩が、脱臼や骨折などのひどい怪我に泣かされ、部を辞めていったという。

「・・・ほいでな、おれは中学生の時から空手をやっとったから、そいつとやり合えば勝つ自信はあった」
花井は言った、
「だけど、ずっと我慢しただよ」
聞いているだけで体が痛くなってくるような話に、浩樹は引き気味になった。

「あ、心配せんでもええて、今時はどこでも合理化が進んどるで」
花井は続ける、
「そいつが卒業して、3年経ってから、道場でそいつと試合をやるチャンスがあっただよ」

昔しごいてやった後輩が現れて、師範の前で闘うことになった先輩は、ニヤニヤしていた。
その道場の師範は、花井の実力をよく知っていたので、『テルは強いぞ』とその男に注意した。
なに、また痛めつけてやるだけさ、とナメてかかってきた先輩を、花井は完膚無きまでに叩きのめし、腕をへし折った。

聞いていて血が熱くなるのを感じたが、自分にはそういう荒っぽいことはできないと、浩樹は思った。
それを見越したように、花井は言った、
「道場生に、そんなやつばっかおるわけじゃないでな。 人には向き・不向きがある。 お前は暴力には向いとらんだら」
浩樹は笑ってうなずいた。

「それからな、町なかでのケンカもやっちゃいかん。 おれらは身の安全を確保できる時しかやらんでええけどな」
なんだか、もう浩樹が入門するのが決まっているような流れになってきた。
「組み手とかやっとるうちに、強くなってくると、試してみたくなるやつが多いけどな」

「大丈夫っス、おれ、自分を鍛える目的だけっスから」
「おう、それが一番だ。 介護をやるにも、体力と精神力は鍛えたほうがええでな♪」
・・・あれ? なんかもう、G 市の新しい道場にはいることになっちゃった?


                 3

竹本直美はゆうべ 何日かぶりにインターネットに接続してみた。
まず最初に、ウイルス対策ソフトのアップデートを行う。
そして、OS のアップデートもチェックした。

いくつかのサイトにアクセスしてみたが、久しぶりに、『時空のはずれのあばら家』に立ち寄る気になった。
管理者は、ダース・ユーミンというふざけたハンドルネームの変人。

トップページのタイトルの下に、『はずれ家にお立ち寄りありがとうございます』とある。
その下に、以前はなかった空隙(くうげき)が、7センチほどもあいていた。
何だろう? と思ってよく見ると、黒いバックに、かすかに紺色の「☆」が見える。
直美はカーソルを当てて、ドラッグしてみた。

そうしたら文字が現れた。
『はずれ家は、テキストコンテンツ命だよ~ん!』
さらに、
『掲示板だけで帰るなんてそんな殺生なことしちゃやだよ、キミだよキミ、ちゃんと中味も読んでってね!』

書くか、ふつうここまで・・・?
直美はあきれ果てたが、そう書いてあっては、たまにはアホな日記も読んでみないわけにいかなかった。
律儀に毎日、いや毎晩、連綿と駄文を書き連ねているようで、迷惑なことだった。
しかしとりあえず、3日分ほど目を通してみると、笑えた。

メインコンテンツに管理者の書くものはともかくとして、他の人から寄稿されたものは、以前からいいものが多かった。
とりわけ直美が気に入っていたのは、創作童話の『ゆりちゃんシリーズ』だった。
猫の『ゆりちゃん』がいろいろな冒険をするのだが、現実にはありえなくても、不思議と胸を打った。

ゆうべそこの掲示板に、直美は久しぶりの書き込みをしておいた。
自分はふたりの息子を今までわけへだてなく扱ってきたつもりだったが、落ちこぼれの不良息子である長男が事故を起こした。
優等生の次男より、長男の不良仲間と思っていたクラスメートにずいぶん助けられた。
自分は教育者の端くれとして、価値観がゆるがされてしまった・・・そんな内容の書き込みになった。

管理者は夜行性だということで、レスがつくのは直美の就寝時刻より後だったので、けさチェックしてみた。
案の定、とんでもない深夜に レスが書かれていた。

            *******

「>ナオミさん、
  お久しぶりです~♪ (*ノ≧∇≦)ノ
  ご存じのように、私には子供がおりません。 でも、同じ歳の友人ふたりから、
  親の本音というものを聞くことができました。
  それと、自分の子供時代の悲しい思い出から、話をさせてもらいますね。

  まず、世の親御さんたちがよく言うような、『全く分け隔てなく』というのは、
  多くの場合、親の側の思い込みにすぎません。
  人間である限り、相性のよしあしというのは必ずあるものです。 
  それをまず自分で認めることが必要です。

  その上で、ここからは演技が必要になります。 子供たちに悟らせないように
  するわけです。 
  自分は親に愛されている、どちらの子もそう確信できるように、演じきること
  が大切なんです。 

  ひとりの友人は、子育てを振り返って言いました、下の子が熱を出した時に、
  上の子が駄々をこねた・・・その時自分は、上の子のことを、『この子は要ら
  ん』とほんとに思えた、と。 
  これは猫などにも見られる、親の本能だと思います。

  また、もうひとりの友人は、『この子は何もできんから、私が面倒を見てやら
  なきゃダメなんだ、と思うのって快感がある』
  と、正直な告白をしてくれました。 これはきっと人間に特有の本能でしょう。

  こういう本能は、自分でわかっていてこそ、冷静で公平な子育てができるわけ
  です。 私の親は、自分が素晴らしい親だと思い込んでいました。 
  私は羽根をむしられ続け、ずっとひとりで飛ぶことができませんでした。
  ナオミさんのご長男は、きっと素晴らしい人ですよ! (^-^)」

           *******

このレスを読んで直美はまず、失礼なやつだと思った。
猫と人間を一緒くたにするなんて!
自分に子供もないくせに・・・私より(たぶん)若いだろうに、ずいぶん生意気なことを書く。

だが、ダース・ユーミンの友達ふたりが言ったという言葉に、直美はドキッとさせられた。
そして、最後の2行は、深く心に残った。

・・・そういえば、ほとんど姿を見ない浩樹は別として、俊樹が笑わなくなったのは、いつごろからだろう?
自分も教育には関心があるからどこかで読んだと思うが、こんな言葉もあったっけ。
『両親の不仲は、必ず子供の心に傷を残す』

もしかしてこれも、ダース・ユーミンが掲示板かどこかで書いていたかもしれない。
自分には関係ないと思って、気にもとめなかったが、案外大事なことなのかもしれない。
直美の心の中で、警報が鳴っていた。


                 4

「それじゃどうもほんとに、お世話様になりました」
竹本直美は、花井家の人々に、深々と頭を下げた。
同じ敷地内に住む、花井の両親も、ニコニコと見送りに来てくれているのだ。

「ありがとうございました!」
自分もしっかりお礼を述べたあと、浩樹は照れくさくなって、ヘルメットをかぶってシールドをおろした。

直美の車には、メロンや西瓜や野菜の山、そして新しくできる空手の道場のチラシが何枚か積まれている。
立て替えてもらった病院のお金のほかに、謝礼を1万円包んできてよかったと、直美は内心ほっとしていた。
こんな気持ちのいい人たちに助けられるなんて、浩樹もまったく運がいい。
自分たちのギスギスした家庭が 恥ずかしく思えてくる。

「また来いよ!」
浩樹がオートバイを発進させる時、花井が大声で叫んで手を振った。
「はい!」
大丈夫、さっき母親から渡された最新型のカメラ付きケータイに、花井の電話番号もメルアドもちゃんと登録した。

直美の番号はすでに、もらった時に登録してあった。
帰り道ではぐれたら止まって連絡を取るのだ、と言われて。
「はぐれたって、帰れるだら」
と浩樹は言ったのだが、
「あんたがお世話になってる、シナノ化成さんていう会社へもご挨拶に寄るんだから」
と、直美は笑って言うのだった。

花井家を後にして、まず浩樹の『事故現場』へ立ち寄って、落としたプリペイドのケータイを探した。
浩樹は、もういらないからと言ったのだが、環境問題にうるさい直美は承知しなかった。
それに何人分かのデータも入っているので、やはり人手に渡るのは望ましくないということで、浩樹も納得した。

夾竹桃の林は、曇り空の下でひっそりと、ピンクの花を咲かせていた。
落ち着かない気分に、なんだか犯行現場に立ち寄る犯人みたいだ、と、浩樹は笑えてきた。
「どうやって探すかな・・・」
「今のケータイからかけてみれば?」
と、車を停めて降りた直美が言うが、番号を覚えていなかった。
それで直美のケータイからかけてみたが・・・バッテリーが切れたらしく、かからなかった。

「しょうがない、あきらめて帰ろ・・・」
と歩きかけた時、夾竹桃の茂みの根本に、キラッと光るものがあって、浩樹は枯葉の中からそれを拾い上げた。
「・・・ここだったか」
なんだかホッとした思いがあった。
ちゃんと責任を持つ、ということを、母親にまた教えられたようだ。


                 5

2泊させてもらえて助かったな、と浩樹はつくづく思った。
左腕を痛めていたので、きのうだったらまだクラッチを握るのがつらかったろう。
きょうはずいぶんマシになっている。

2日前に通った道を逆にたどりながら、懐かしいような、もの悲しいような気分になった。
だが、母親の車が後ろについているから、いやがうえにも運転に気合いがはいる。
みっともないところは、もう見せられないぞ。

G 市へはいって、通い慣れたシナノ化成への道をたどる。
品野登美子の顔を見て、浩樹はふと涙ぐみそうになってあわてた。

「ご心配かけました!」
ことさら大きな声で言って、ペコリと頭を下げる。
「まあ、おかえり! 無事でよかったねえ!」
登美子は満面に笑みをたたえて喜んでくれた。

直美は車に積んであった贈答用の和菓子の箱を差し出して、登美子と、のっそり現れたヒンシュクに挨拶した。
「お茶でも飲んでっておくれん」
と誘われたが、夕方近いので、と辞退して、次は戸川モータースへ立ち寄る。

預かっているメロンや野菜、そして道場のチラシを持っていく必要があったし、直美がぜひ智に会いたいと言う。
浩樹は照れくさいやら、誇らしいやらで、複雑な顔をしてモータースに顔を出した。
智も父親も、そして直美も、なんだかかしこまって挨拶する。

「・・・ほんとに智さんは、うちの浩樹と違って、しっかりしてみえますから・・・助かりました」
「なんの、口ばっか達者んなって、しょうもないドラ息子ですワ」
などという会話は親たちに任せて、浩樹と智はアルバイトなどの打ち合わせ。
今夜はちゃんと浩樹がコンビニに入る、賢治の分のメロンとチラシは、モータースで預かって後で渡す。

「ほいじゃ、単車はこのまんま預かって、修理しときゃええだら?」
「そのことなんだけど・・・」
と、浩樹は言いよどんだ。
「なんだ、金のことか? そう急がんでもええぞ?・・・って、おれが勝手に決めるわけにもいかんかな」
「・・・単車、おれ、降りるかもしれん」
「あ、そうか、そうだったな・・・まあ親にバレたで、やめさせられるか」
智は寂しそうに笑って言った。

浩樹は、首を横に振って、
「いや、親にはまだ言ってないけど、自分から降りよかと思って・・・」
「なんだ、事故でビビったのか?」
「そういうわけじゃない。 そろそろ進路を決めないかんだろう、それでちょっと、今さらだけど勉強もせないかん」
「お、竹本浩樹、ついに始動するか?」


                 6

自転車で家に帰ると、先に帰った直美がキッチンで野菜を仕分けていた。
「花井さんとこから、ずいぶんたくさんもらっちゃったわあ♪ ほんとにありがたいやら申し訳ないやら」
「おれ、少し農作業の手伝いをやったで・・・助かったって言ってもらえたよ」
「そ~んな、あんたが少し手伝ったぐらいで、大した助けにもならんでしょ」
と、直美は笑いながら言った。
「夕ご飯、何がいい? 焼き肉でもしよか?」
「いや、ゆうべ焼き肉、いっぱい食わしてもらった・・・」

考えてみれば、危ないところを助けられた家の人に焼き肉をご馳走になる、というパターンが続いたんだなあ。
おれって悪運が強いのかな?
それとも、「守護霊」ってほんとにあって、自分の行いが悪かった割に、おれは助けてもらえたのかな?
だとしたら、あんまりスネてばっかじゃ申し訳ないな。
・・・自分の親には素直になれなくとも、より高次元の存在を考えると、浩樹はちょっと厳粛な気持ちになった。

「それじゃ、あんただけお寿司でも買ってこようか? 私たちはゆうべ手巻き寿司だったから、お肉ね」
「おれ、両方がいい」
直美は笑い出した。

あいかわらずバラバラの夕食だったが、きょうは直美の教室の仕事がない分、余裕があった。
弟の俊樹は先に済ませて、直美に塾へ送ってもらった。
浩樹は7時頃、お寿司を買って帰ってきた直美と一緒に食事をした。

きょうは自転車でそのままバイト先まで行くので、早めに家をでようと思った。
実際には戸川モータースでオートバイに乗り換えて行くのと、ほとんど違いはないのだが。
そこへ浩三が帰宅した。

「・・・・・・」
玄関で鉢合わせして、浩樹は言葉を思いつかなかった。
「浩樹、ひとつ言っておくが・・・」
意外にも浩三が、静かな声で言った、
「オートバイってもんはな・・・」
「・・・・・・」
「心が不安定な者が乗ると、非常に危険なもんだ」

てっきり、『不良が乗るものだ!』と言われると思って身構えていた浩樹は、虚を衝かれた。
浩三は続けた、
「2輪車の免許は、本当は20歳を超えてからでないといかんと、おれは思う。 大昔は16歳なら大人に近かったかもしれんが」
「・・・父さん、単車に乗ったこと、あるの?」
「昔な」
初耳だった。
いや、小さい頃にはそんなことも聞いたことがあったかもしれないが、記憶になかった。

「まあいい、今からバイトなんだろう」
「・・・行ってきます・・・」
浩樹は毒気を抜かれて、2秒ほど立ち止まってから、玄関を走り出た。


                 7

バイトの勤務時間中だったが、ちょっと休憩する余裕があったので、浩樹は母親のケータイにメールを入れてみた。
『卒業したら、介護の専門学校へ行きたいけど、どう思う?』
まもなく返信が来た。
『帰ってからゆっくり考えましょう』

帰宅したのは午前1時近かったが、両親がちゃんと浩樹を待っていた。
浩三がいるので、浩樹はちょっと身構えた・・・きっと反対されるのだろうと思って。
「・・・母さんから聞いたんだけどな、お前の決心に水を差すようで、ナンだが・・・」

浩樹は驚いた。
これまで頭ごなしにしか話をしようとしなかった父親が、こんな物言いをするなんて。
まさか、どこか病気にでもなったのか? もう長くないのだろうか?
だがそうでもないようだった。
「介護というのは、残念ながら今の日本では、非常に給料が安い。 一家を支える柱としての仕事にならんのが現状だ」
「え、そう・・・なの?」

そこまで考えてなかった!
うかつだったな・・・浩樹は唇を噛んだ。
そしてなぜか耀子のことが胸に浮かび、あわててそれをうち消した。

「お前が介護関係の仕事がしたいというのは意外だったがな、もしそういう仕事がしたいなら・・・」
浩三は焼酎に梅干しを入れたグラスにお湯を注いで、それをひと口飲んでから言った、
「リハビリの専門学校のほうがいいんじゃないかと思う」

リハビリテーションは、これからの高齢化社会にますます必要になる部門。
もちろん、対象は高齢者と限らないわけだが。
リハビリの現場で働く職員として、「理学療法士」や、「作業療法士」といった資格者がある。
県内にも専門学校があるので、成績が足りるならそこを受験してみてはどうか。
浩三はそう浩樹に勧めた。

直美がインターネットで検索して、入学金や授業料などを見て、ため息をついた。
だが顔は笑っていた。
「なんとかするしかないけどね・・・問題はあんたの成績。 実際の所、どれくらいなの?」
浩三が、
「浪人するとしても、うちには余裕がないことはお前もわかってるだろう、『宅浪』でちゃんと勉強できるか?」
と、真面目な顔で言う。

「・・・おれの成績、『中の上』ぐらいだと思うけど、出校日に先生に相談してみる」
浩樹は自信なげに答えた。


                8

翌日は土曜日で、浩樹は今まで通り午後からシナノ化成に行くべきかどうか迷った。
もちろん耀子には会いたくてたまらない。
だが、会ったからといってどうなるものでもない、というつらさがある。

そこへ当のシナノ化成から電話があり、浩樹はびっくりした。
「急な話で悪いだけどねえ、きょうは3時ぐらいから泊まりがけで、民宿へ行くだけど、どうだん竹本くん、一緒に行かん?」
品野登美子が誘ってくれるが、浩樹は遠慮した。
きのうまで何日か外泊していたし、そろそろ宿題も本腰を入れて取りかからねば!

「すいません、今回は遠慮させてもらいます・・・宿題たまっとるもんで・・・」
「ほうかん、ほいじゃがんばってね。 きょうはほいだであかんけど、また囲碁の会にもおいでんよ」
「ありがとうございます」

そういえば、おじさんの船乗り時代の友達が、民宿をやっとると聞いたことがあるな・・・耀子さんも行くのかな?
まさか、西村っていう人の弟も行くんじゃないだろうな?
浩樹は内心、穏やかではなかった。

いやまてまて、その人はまだ帰国してないはずじゃないか・・・しっかりしろよ、自分!
どのみち今の自分には、耀子さんに関して何もできることはないのだ、どんなに寂しくても。
なんとか一人前の大人になる努力をする・・・できることは、それだけだ!

とにかくきょうは、囲碁の会がなくなった。
宿題を進めよう。
・・・その前にちょっとだけ、漫画を読もうか。
そう思ったが、母親がいたのでそれはやめた。


                9

その日、民宿へ向かった一行は、ヒンシュク・登美子夫妻、息子の義男、名古屋の品野和由・雅恵夫妻、そして耀子の6名だった。
民宿の場所は、わけあって明かせないが、フェリーに乗って行く。
乗船中ずっと、関西弁・名古屋弁・三河弁のおしゃべりで賑やかだった。

「ほいでな、この前もゆうたように、うちら関西棋院の初段の免状もらいましたやろ、親睦旅行の案内が来ましたんや!」
雅恵は得意そうに眼鏡を光らせた。
初段をもらったと電話で初めて聞かされた時は、ヒンシュクも登美子も、びっくりしたものだった。

だが、小池老人は、その理由をすぐにわかったようだった。
「プロを呼んで指導してもらうとのん、初段の資格を取るように勧められて、つまり買うだて」
それで、お金に余裕のある人たちは、しばしば実力に見合わない段位を持っているというわけだ。

棋院から認定を受けていないアマチュア棋士の棋力は、正しくは「初段格」「二段格」というように表現される。
だから、同じ『初段です』と言っても、初段格の実力のある人と 名古屋の品野夫妻とは雲泥の差があって全く勝負にならない。
「囲碁を始めて初段になるには、まあ一生懸命やって、3年はかかるでのん」
外で打たんほうが身のためだのん、と、小池老人は言っていた。

「・・・で、道中もホテルへ着いてからも囲碁ば~っかなんて、おもろないでっしゃろ、やめましたわー、こっちゃのがええわ!」
雅恵の言葉を聞いて、無理もない、と耀子は思った。
有段者ともなれば、3度の飯より囲碁が好きというほどの人たちが多い。
数由・雅恵の夫婦では、ほんとの実力のある人たちとはまともに打てないし、物見遊山や温泉や食事のほうが楽しみに違いない。

ヒンシュクの古い友人が経営する民宿は、フェリーを降りてすぐのところにある。
建物は白っぽい外観の、そこそこの大きさがある鉄筋コンクリート造りだった。
だが最近では、まわりに大きなホテルが4軒も5軒もそびえ建ってしまって、目立たない存在になってしまった。

フェリーの時刻を言ってあったので、玄関を入ると、すぐに宿の主(あるじ)が出迎えてくれた。
まっ黒に日焼けした四角い顔に、対照的な白髪が乗っていた。
笑うとお獅子のような金歯がずら~っと並んでいる。

「うおい、ヒンシュク! よう来たなあ、どえらい久しぶりだないか! 元気でやっとるか?」
漁師であるだけに、すばらしくでかい声で、まわりじゅうに聞こえてしまう。
耀子はなんだかはずかしくなって、肩をすくめた。
「サバ井、ほい、世話になるでのん。 あんたも元気そうだないか」
「なぁに、この歳んなっちゃあ、あっちゃこっちゃガタが来てのう!」

船乗り時代のあだ名で呼び合いながら、おっさんふたりが盛り上がっている間に、一行は女将さんに案内されて部屋へ。
「・・・どうぞ、4部屋取ったでねえ、好きなように使ってちょうだいね~」
「うわぁ、4部屋も使こてええの? ほいでもお客さん急に増えたら、私ら、ふた部屋ぐらいに納まりますで!」
気を遣って言う雅恵に、女将さんは笑って答えた、
「はいはい、ありがとね、その時はお願いします。 たいがい大丈夫だに」

部屋割りは、大きめの部屋ふたつに2組の夫婦が、小さめの部屋ふたつには、耀子と義男がひとりずつと決まった。
もしも飛び込みのお客が増えて 部屋が足りなくなるようなら、女性軍と男性軍に分け直せばいい。


                 10

竹本直美は、迷っていた。
10年ほど続けてきた学習塾を、そろそろ辞めたほうがいいのだろうか。
自分は一応、「受験生の母」だ。
もちろん、受験生がいる家庭の主婦でも、頑張って働きに出ている人もずいぶん多い。

家計を助けるためにがんばっているとか、あるいは会社などで重要な役割を果たす女性ならいいんだけど・・・。
自分はそのどちらでもなさそうだし?
そう考えると、直美は居心地が悪くなってくる。

・・・いや、たとえどんなお金にならない仕事でも、それが自分の生き甲斐であり、家族の理解も得られているのなら。
その観点から言っても、現在の自分には、当てはまらないじゃん。
自分が我を張ることによって、夫も息子たちも精神的に危険信号を発していたじゃないか。
いうなれば惰性でやっているのに、「仕事優先」を押しつけた結果がそれならば、いったい私は何のために頑張ってるのか。

いまだ直美は、自分が学習塾にこだわってきたのが、優越感を持ちたいからだったとは、思い至っていない。
だがなんとなく、「エゴイズム」という単語が、頭の片隅をよぎる。
そして、今までと別の生き方をしてみたいという思いにかられると、だんだんそれがふくらんできた。

「・・・私、そろそろ教室を辞めよかと思うんだけど」
直美は思いきって、浩三にそう声をかけた。
「・・・・・・」
突然のことで、浩三はとっさには反応ができなかった。
「10年半になるんだけど、生徒も減っちゃったから利益が少なすぎるし、浩樹も俊樹も大事な時だしね・・・」
そういう直美に、浩三はやっと言葉をかけた。
「そうか・・・それがいいな」

浩三の表情にほっとしたものを見つけて、直美は急いで言った、
「あ、でも、すぐに辞められるかどうか・・・なるべく生徒たちに迷惑かけたくないからね・・・」
「あ? ああ、そりゃそうだ」
「本部に問い合わせしてみるね」

浩三は言葉を探しているようだった。
もうここ何年も、直美は浩三の不機嫌な声や、怒鳴り声しか聞いたことがなかったような気がしていた。
あんたがそんなだったから、私は辞めるんだからね、と言ってやりたい衝動を、かろうじて抑える。
せっかく戻りかけている家庭の平和を、ここで台無しにしたくはなかった。

「・・・生徒が多かった頃は、けっこうきみに助けられたな」
思いがけなく浩三がつぶやいた、
「あの頃はまだ、おれの仕事もお客が少なかったしな・・・」
不意に涙がこみ上げて、直美はティッシュで目を押さえながら、小さな声で言った。
「ありがとう・・・」


                 11

考えてみれば、一家の柱として働いているなら、辞めたくても辞められない場合が多い。
日本中のおびただしい人たちが、そうやって仕事を続けている。
辞めることができるのも、また一種のぜいたくなことなのだろう。

翌朝、直美は学習塾の本部に電話で打診してみた。
その結果、ちょうど折良く、G 市で教室を持ちたいと言っている人がいるとわかった。
その人が教室を引き継げば、現在の生徒たちに迷惑をかけなくて済む。
9月を引き継ぎ期間に当てて、直美は9月一杯で引退できることになった。

実際に「引退」が決まってみると、それはそれで寂しいものがあった。
引き継ぐ人は、まだ20代の女性だという。
・・・もしもその女性が、生徒受けがよくて、人数を集めるのに成功して、教室が大繁盛したら?
私は平静でいられるだろうか、と、直美は自問した。

だがそれは考えても仕方のないことで、情熱を失った自分にはまさに「潮時」だったのだと思う。
せめて有終の美を目指して、残る2ヶ月を精一杯勤めるだけだ。

午後、買い物に出かけた。
スーパーの駐車場に戻ると、「先生!」と声をかけられた。
振り返ると、見覚えのある顔だが思い出せない、若い女性が立っていた。
「お久しぶりです、クミです♪」
「・・・あ! クミちゃんなの、すっかり見違えちゃった! 今は? 学生さん?」
「はい。 M 大の3年生なんですけど、夏休みで帰ってきてます」

荷物を車に入れて、直美は笑って言った、
「まあすっかりきれいなお嬢さんになっちゃって・・・ あの頃は男の子みたいだったもんね」
「それを言われると・・・今でも男っぽいって言われますけど」
「これから、お買い物?」
「はい」
「それじゃ、またね。 声かけてもらって、うれしかったわー!」
「先生、私ね、今でも懐かしくって・・・塾の七夕さんとかクリスマス会とか、すっごく楽しかったです」

両親が忙しくて家ではこういう楽しみがない、と、当時の彼女が言っていたことを、直美は思いだした。
「結婚して子供ができたら、楽しい思い出を作ってやりたいなって・・・」
笑顔でお辞儀をして、彼女はスーパーの入り口のほうへ歩き去った。

私はじゅうぶんに報われた・・・直美はそう思った。
これで、思い残すことなく引退できる。


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民宿での食事時、ヒンシュクの一行はひとつの部屋に集まって食卓を囲み、そこへ『サバ井』も加わった。
ビールのグラス片手に、オヤジたちは上機嫌。
食卓には新鮮な海の幸が、食べきれないほどあふれて輝いている。

「ほぉ~だら~がぁ~~!!(そうだろうが)」
と、『サバ井』がドラ声を張り上げる、
「海は誰のもんでもないはずだでよう! だのに、おれらがちょっとあっちゃの海域へ出ると海上保安庁がうるさいでかんて!」
そんなことを大きな声で言っていいのか、と、耀子はハラハラする思いだったが、ごちそうはしっかりいただく。

「こないだなんか、おもしろかったぞ。 おれらの縄張りへ勝手に若いダイバーが潜っとってよう、下でアワビ獲っとるだ」
「ダイバーて、スキューバなんとかいうスポーツのやつらかん?」
「ほうだ。 こらしめたらなかんで、船に乗り移って待っとって、上がってきたとこ捕まえて、ド殴ったっただよ!」
さっきの、『海は誰のもんでもない』という話と、極端に違うじゃん? 耀子はあきれて笑えてきた。
隣で義男が大笑いしている。

・・・なんか、ここに浩樹がいないのが物足りない・・・耀子はちょっと寂しかった。

食事も進み、『サバ井』は赤銅色になって、不景気を嘆いていた。
「こうも周りに新しいホテルが建っちゃっちゃなあ・・・若い連中は呼べんし」
そこへヒンシュクが、ちっこい目を輝かせて言い出した、
「なんの、ちょっと工夫して話題をバラ播きゃええだよ!」

「話題て、どうせるだ?」
「ボロさを逆手に取るだよ」
「悪かったな、ボロで」
「ほんとにボロだで・・・あ、いててて」
登美子が隣から ヒンシュクの腕をつねっていた。
「わかった、わかったて・・・ほいでのん、ちょっとした道具立てで演出せるだよ」

「金はかけれんぞ」
「心配せるな、自分たちで作れるだよ。 オバケが出ることにして、若い連中をひっかけるだ」
「なに? オバケだあ?! ほ~んなことせや、まあ誰も来(こ)えせんぞ!」
「ほうだないて、逆に喜んで、インターネットやなんかで広がって、物好きな連中が来るだて」

ヒンシュクの入れ知恵を、『サバ井』は初め信用しなかったが、義男も耀子も賛成したので、やってみる気になった。
「お笑いの要素も取り入れなかんだよ・・・後でちょっと紙コップふたつと、セロテープと糸、持っといでん」
「何にせるだ?」
「あと、板っきれと、マジックな」
食事の後で、ヒンシュクは耀子や義男に手伝わせて、ゴソゴソと工作を始めた。

とりあえずできたものを、風呂場に続く廊下の片隅に仕掛ける。
古びた、申し訳程度のゲームコーナーから、ヒンシュクたちは様子をうかがった。
自分たちのほかには、中年の夫婦連れと、物好きとしか思えない若い女性のふたり連れ、それに家族連れが1組いた。

「・・・しっ、来るぞ!」
「のぞいちゃダメだよ、さりげなくさりげなく!」
などと言いつつ、聞き耳を立てる。
女の子たちの声が聞こえてきた。

「あれ? 何だろ、『無料電話』って?」
「無料? マジ? どこどこ」
「この箱の中かなあ? ・・・あ!」
「やだぁ~~♪ 糸電話じゃん!」
「超レトロー!! ほんとに聞こえるかな?」
「ちょっとやってみよ♪」 
「うん・・・もしもしぃ~? あ、ほんとに聞こえるじゃん♪」
きゃっきゃと笑って遊んでいる。

「ほれみい。 若い連中は、案外こういうジョークが好きだでのん。 次は『伝声管』を作るだ」
「デンセイカンって?」
「船やなんかに、遠くから話ができるパイプがあるだよ」
「あ、それならなんとなく知ってるけど、何にするの?」
「見えんとこに仕掛けて、夜中にすすり泣きとか、オバケの声だの音だの流すだ」
「・・・それって、詐欺じゃん?」
義男が言って、耀子も笑い出した。

この路線で、もし見つかっても「罪のないイタズラ」で済む程度の仕掛けを、いくつか提案。
『サバ井』も乗り気になって、宿の雰囲気作りをすることになった。
ヒンシュクたちが帰ってからは、息子と一緒に順次、整えていくという。

「・・・ほんとに大丈夫かな、そんなオバケ屋敷みたいにしちゃって?」
後で耀子がつぶやくと、
「たぶん大丈夫だら、どうせつぶれかかっとるだ、イチバチでやってみやええだよ」
と、ヒンシュクは無責任に笑うのだった・・・。
 

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8月5日は浩樹たちの出校日だった。
宿題の「中間提出」をして、担任の先生のデータ印を押してもらって、帰る前に浩樹は相談を持ちかけた。
「先生、おれ、リハビリテーション専門学校に入りたいんですけど」
母親にプリントアウトしてもらった資料を見せて、
「介護の学校へ行きたいてったら、親父が、介護じゃ給料が安すぎるって・・・」

「うん、残念ながらその通りだ・・・介護は重要な仕事なのになあ。 だけど竹本、やっと目標がハッキリしたな!」
と、先生は顔を輝かした。
「なんとか受験できる範囲内だな、あしたからと言わずに、きょうからしっかり勉強しろ」
「はい・・・」
浩樹はうれしくなって、照れながらも、思わず顔がほころんだ。


帰りに、戸川智と山本賢治に、アルバイトを辞めて受験勉強をするという決意を告げた。
「ヒロキお前、えれーじゃん♪」
賢治がうれしそうに言った。
彼が言うと、皮肉には響かない。
「なら、オートバイも降りるのか?」
と、智が尋ねる。
「うん・・・サトルとおじさんには悪いけど」
「ええて、気にするな。 また余裕ができたらうちで買ってくれよ♪」

人生は囲碁と同じ、あっちもこっちもは、打てん・・・いつか小池老人が言っていた言葉が実感される。
世の中には、幅広くいろんなことを平行してやってのける人もいる。
だけど、今は大事な局面に集中しなけりゃならない。

「お前たちは進路、どうすんだ?」
「おれはお笑いタレント!」
「食えんぞ! なかなか厳しいぞ、あの世界は」
「わかっとるて、冗談だ。 実はなー、消防に入るつもり」
「げげっ、『め組の大吾』みたいに怖いことするなよ?」
「できーせんて・・・サトルは?」
「おれは・・・ゆくゆくは店を継がなあかんけど、とりあえず派遣ででも働いて、正社員にしてもらう道を進むかな」
「整備士の資格はどうするだ?」
「就職先で修行しながら取るだよ」
などと、賑やかに、しかしこの3人にしては異例の真剣さで語り合った。

「あ、ところで、空手はどうする?」
「おれ、やりたいな。 消防でレンジャーになりたいで、空手ができるて言えば有利かも」
「それ、ええな。 空手か・・・おれもやろかな、体を鍛えなあかんし。 ヒロキは?」
「やりたい。 親も乗り気みたいだで、たぶん月謝出してもらえる。 だけど、リハビリの学校、遠いで、3月までだ」
「その下宿先の近くに、道場あるかな?」「たぶんあるぞ」

あと8ヶ月足らずで、このグループの人生もそれぞれの道に分かれる。
だけどきっと、それまでのような密度で会わなくても、お互いが友達として存在するだろう。
親は評価しない学校だったが、自分にとってはかけがえのない、人生の一時期だ・・・浩樹はそう思った。
人生の目標もなくて ふて腐れていた時には、気づかなかった。
今やっと、ここへ来れてよかった、と思えた。


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武藤耀子のケータイに、西村慎次からのメールがはいったのは、民宿から帰って4日ほど経った時だった。
アメリカから、パソコンで送信してきたようだ。
『来週、本社勤務に戻る準備のために、一時帰国します。』



第7章終わり、次はいよいよ最終章なんだけど、果たして無事に話はまとまるのか?!(マテ)では最終章へどうぞ


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